スマート駄目リーマンの忘備録

旅行記、キャリア論、世相分析など思ったことを書き連ねます

転職を決断する時(4社目)

在籍期間 3年3か月

 前職で研究開発部長と微妙な関係になった後、転職活動を開始し、二社から内定を貰い、そのうちの一社に入社することになりました。表面的な雇用条件は悪くなかったのですが、大手の子会社という事で、それがその後に様々な問題となって立ちはだかることなど知る由もありませんでした。

業務内容

 無線機器の構造設計及び強度設計の担当になりました。具体的には機器が落下したときに破損を防ぐためにはどのような部材を選定すれば良いのか、そしてその部材の厚みはいくらにすれば良いのか。また、機器の中のCPUは使用中に温度が上昇するので、その熱を外に逃がす必要があります。(CPUの温度が上昇すると計算速度の低下などが生じます。)その為にどの程度の熱排出をしなければいけないのか、最低限必要とされる機器の容積はいくらか。

 このような機器を安定的に稼働させるための計算を行い、その結果を意匠設計者(実際のモデリングなどを行う)へ引き渡して、機能を満たす筐体を設計してもらいます。

製品の市場不具合が激減

 従来、経験論で設計してきたものを、数値的な構造式で再定義し直すことで、技術基準をドンドン明確化していきました。経験論で見逃していた部分も統計的手法で洗い出し、市場での製品不具合を未然に食い止めることが出来るようになりました。

 従来製品不具合のクレームの防波堤になっていた、営業技術や修理サポートのメンバーからも信頼して貰えるようになりました。表立ってではないですが、古参の社員や出向社員よりも俺達はお前を信頼しているとまで言って貰えました。

 設計レビューでも出向社員を論破してしまうことも多々あり、構造設計については、その会社で私が第一人者になってしまいました。

使えない出向社員Tさん

 他部署の人達や技術部長から信頼されるようになったのは嬉しかったのですが、使えない出向社員Tさん(品質保証部)を通り越して、私へ直に相談が行くようになりました。正直、次第に私のキャパを超える要望も多くなってきて、疲弊してきました。

 製品の在庫を環境の悪い場所で長期保管したことで、無線機のチップが故障し、出荷前の品質検査でNGになる問題が発生しました。このまま出荷できなければ数億円の損失です。正直言うと、製品の在庫を適切に管理するのは品質保証部の責任だったのですが、その品質保証部が使えない出向社員とド素人の品質保証部長だったので、何も対処していませんでした。

 そこで、私に事態の火消しのお鉢が回ってきてしまいました。私は、製品不具合を起こしているチップを外部に検査委託し、X線、スライス診断などを依頼しました。納得出来なかったのは、私にそれだけの責任をオッ被せておきながら、外部に委託する際の費用について、中々決済が下りなかった事です。

 しかしながら、私は最悪自腹で検査費用を払う覚悟で、検査会社に依頼しました。その結果、チップ内部のアルミ基板が湿気によって腐食し、腐食した部分に突入電流が流れた時に、焼損したことが判明しました。

 私が、必死に不具合の火消しをしているにも関わらず、品質保証部員Tさんは涼しい風でネットサーフィン。定時前の不具合対策会議には、用事があるからとバックレれていました。その人たちは親会社からの出向社員で、私よりも遥かに待遇が良いはずなのに、全く責任感が無く、私の心は次第にすり減っていきました。

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ド素人品質保証部長Sさん

 Sさんは、もともと親会社からの出向社員で、営業係長だったのですが、その人を部長に昇格させようとした時に、営業部長のポストが無い(既に別の人が営業部長)という理由で、ポストが空いた品質保証部長(前任者が定年のタイミング)に就任しました。営業畑の経験しかなく、技術は全く分からないのに、製品の品質に対する責任を一手に担う品質保証部長に!!!

 正直、JTC(日本の伝統企業)は遊びで経営やっているのかなと、いぶかるようになって来ました。そいつのメンツを守ってやるために、部長に昇格させて、ド素人の品質保証部長が誕生しました。子会社で真面目に働いている技術者にとっては、迷惑この上ありません。

 使えない出向社員Tさんとド素人品質保証部長Sさんのせいで、今まで製品の品質は滅茶苦茶でした。

 

 

意匠設計者からの嫉妬

 私が製品設計基準を確立し、他部署からの信頼を強固にするにつれ、私と一緒に業務を行っていた意匠設計者が私に嫉妬するようになりました。その意匠設計者は同じ中途採用だったのですが、その人が経験論で設計してきたものを私が数値的に適切か分析したことで、その人が採用したモデルに無駄があったことが明らかになってしまったのでした。

 次第に私が計算から導出した設計基準や私が選定した部材を守らずに、自分勝手に設計するようになりました。品質保証部が機能していなくても、市場での製品不具合が防げていたのは、私が厳格に設計基準を設定し、その通りに設計してきたからです。それを逸脱した設計をすれば、市場で製品不具合が発生するのは火を見るよりも明らかです。

製品不具合勃発

 意匠設計者が滅茶苦茶に設計したものは品質保証部で、見事なまでにスルーされて、市場にリリースされてしまいました。その設計は、加熱したCPUの熱を十分に放熱出来ない、配線が複雑に絡まりすぎて、電磁ノイズが多発する、中国で生産委託した回路基板が滅茶苦茶(部品が正しい位置に実装されていない、実装された部品が壊れている)などと言った、問題を孕んでいました。

 案の定、製品の納入先の多方面から、無線が安定的に稼働しないなどのクレームが来ました。

また火消し役に

 あろうことか、再度私が火消し役に駆り出されました。正直、もうウンザリな気持ちになりました。しかも出向社員の分まで頑張っているのに、給与が低い。私が提示した設計基準を守らなかった意匠設計者は、ヘラヘラしていて、その態度にも非常に腹が立ちました。私よりも四歳も年上なのに、よくそんな無責任なことができるなと心底呆れもしました。

所詮子会社

 色々悩みましたが、私が勤務していた会社は`所詮大手の子会社だったのです。どんなに頑張ろうと親会社からの出向社員の不手際を片付ける。それが宿命なのです。そして、手柄は親会社からの出向社員のものです。

 さらに同じ空間で仕事をしていても親会社の社員には親会社の給与と手厚い福利厚生が提供されます。その反面で子会社は言わずもがな。出向社員の勤務態度が模範的で、実力もあるならば納得できますが・・・。いくら私が正しい技術論を積み上げても、出向社員の観念論が勝ることも多く、子会社の社員という立場に限界を感じるようになりました。出向社員は無意識のうちに子会社のプロパー社員を一段下に見ており、これを覆すのは尋常ではありません。

 そうしたキャリアを受け入れて、自分を胡麻化しながら仕事を続けるのか、一年位悩みました。本当は親会社に転職を希望していたのですが、転職エージェントから現在募集していないので、代わりに子会社である当時の勤務先を推奨されました。子会社の社員という立場への限界。こうした見えない身分制度の下、親会社の出向社員の下僕となることに、釈然としない気持ちでした。子会社に入社したことを非常に後悔しました。

ソフト技術者Kさんが上司に

 そうして悩んでいた折に出向社員のソフト技術者が課長に昇格しました。しかし、ソフト課の課長のポストが埋まっていたので、私の課(メカ設計)の課長になってしまいました。(メカ設計の課長は出向社員で、親会社に戻った)

 分野を考慮せずに、人数合わせでポストを適当にはめ込むお得意の人事です。当然Kさんは、メカ設計について全く分かりません。私の報告書を読んでも、句読点や文体などの指摘しか出来ず、肝心の技術報告の内容を理解せず、指示ミスを連発していました。

転職を決意

 ソフト技術者Kさんが、課長に君臨したことが決定打になり、転職を決意しました。ここでいくら頑張っても昇格できず、親会社の人数合わせの人事に翻弄されるのかと思うと暗い未来しか見えませんでした。

 また、中途社員同士で団結することも無く、むしろ中途社員同士で足を引っ張り合い、数少ないポストを奪い合う事にもゲンナリしました。技術の追求よりも政治力優先。ここにいつまでもいても、自分の成長に繋がらない。長くて短い三年三か月の子会社勤務はこうして幕を閉じたのでした。