スマート駄目リーマンの忘備録

旅行記、キャリア論、世相分析など思ったことを書き連ねます

バッチファイルのドラック&ドロップでファイルを起動


ドラック&ドロップ

 ドラック&ドロップで、コマンドプロンプトにファイルパスを表示してファイルを起動するバッチファイルの紹介です。
そんなのファイルをダブルクリックすれば良いじゃんと突っ込まれる所ですが、アプリのバージョンを分けて起動したい時などにこの手法が重宝します。


バッチファイルの作り方

下記をご参照下さい。
nw-engineer.work

バッチファイルの中身

今回は、中身におはようと書かれたメモ帳をドラック&ドロップで起動するバッチファイルのコードを紹介します。
下記のコードをバッチファイル内にコピペすれば簡単に作成出来ます。
jj-blues.com

%1はファイルパスを参照する第一引数です。

@echo off
rem メッセージを表示
echo あなたの投げ込んだファイルは 「%1」 です。
start "" "%1"
PAUSE

40代以上の社会人副業紹介

給与が40代から50代で給与が頭打ち

 昨今の日本では、終身雇用、定期昇給というシステムが崩壊しつつあります。以前は60代まで右肩上がりの給与も40代から50代で頭打ちです。

 子供がいらっしゃる方は、子供が育ち盛りで一番お金がかかる時期です。

転職でキャリアアップ???!!

 そこで、転職して給与upと意気込む人も多くいますが、転職も35歳くらいまでが活況で、それ以上となるとマネージメント経験や専門技術が無いと厳しいです。

ほんじゃ、どうしたら良いの??!!

 そうしたら、マネージメント経験もない、専門技術が無い40代以上はどうしたらいいのでしょうか?

 頑張って転職活動をしてみて、駄目だった場合は、足りない給与を副業で補うしかありません。そこで、自身の経験に基づき40代以上のオジサンでも出来る副業一覧をまとめてみました。

40代以上のオッサンが出来る副業一覧

塾講師

 平日の昼間の本業が終わった後の夜に仕事が出来るので、時間的な相性は良いです。集団授業だと予習が大変なので、お勧めしません。時給は落ちますが、予習無しで気楽に望める個別指導塾の講師がおすすめです。

 ただし、本業の後に仕事をするので、無理なく続けるには仕事終わりに1時間半の講座を一コマこなすのが限界かもしれません。大体一コマこなすと2000円弱になり、週二日の勤務で4000円から5000円で、月収は2万円弱くらいです。やる気の無い生徒に当たってしまう場合には教える側も精神的にかなり疲弊しますので、ある程度の覚悟は必要です。

 二コマこなすことになると帰りは22時過ぎになってしまい、本業に悪影響を及ぼす可能性もあるので、先ずは一コマで様子を見て、余裕が有ったらコマ数を増やしていきましょう。

家庭教師

 時給は2000円ほどで塾講師よりも時給は高いですが、正直40代以上のオッサンは敬遠されて、登録は出来てもほとんどマッチングしません。個別指導の塾講師が無難です。

せどり(転売)

 雑誌やネットでは転売で月々三万円の副収入などと謳われていますが、ぶっちゃけ厳しいです。新品未使用品であっても、アマゾンの新品よりも遥かに安い値段で買いたたかれます。

 ビンテージ物のジーンズ、ポケモンカードビックリマンシールなど希少性の高いものを販売しないと稼げません。そうした、稼げる転売アイテムを仕入れるには独自の目利きや商流の確保が必要です。

 さらに、このような希少性の高い品物を上手く仕入れても、売れるようになるためには最低でも一年以上かかると思います。万人にお勧めできる副業ではありません。

プログラマー

 本業で、システム開発を行っている人であれば、比較的取り組みやすいと思います。しかしながら、100%フルリモートという訳には行かず、平日の夜や土日に打合せに行く必要もありますので、本業と両立するのは意外に大変だと思います。

 また、基本的にシステムを外注に頼る場合、発注元がシステムの詳細を理解せずに丸投げしてくる場合が多くあるので、炎上することも覚悟する必要があります。

(丸投げしてくる営業マンはVBAすら触ったことが無く、マジで何も分からずに丸投げしてくるので誰も助けてくれない場合が多いです。)

ウーバーイーツ

 自転車に乗れれば誰でも気楽に始められ、運動不足の解消にもなるのでお勧めです。また、固定のシフトは無く、アプリを好きな時間にONして仕事が出来るので、本業との両立も容易です。

 都市部で休日に丸一日こなすと7千円から1万円になります。平日の早朝、夜の隙間時間と休日に稼働すると一週間で1万円~2万円になります。

 ただし、注文が無ければいくら自転車を漕いでも0円です。また、運営元のサジ加減一つで収益はいくらでも変動しますので、自由な半面で不安定な仕事ではあります。

そのため、これを副業の柱にすることはお勧めできません。塾講師などで定期収入を確保しつつ、そこに+αで稼ぐのが丁度良いです。

 稼ごうと無理して、夏日の炎天下の中で、熱中症で倒れたら元も子もありません。無理の無い範囲で、取り組んでください。

まとめ

 副業はあくまでもサブであるので、本業に支障のない範囲で、自分が好きで、無理なく取り組めるものをお勧めします。稼ぐことよりも趣味の延長を意識して、結果的に稼げてしまったくらいが丁度よいです。逆にそうしたスタンスじゃないと長続きしません。

 

 

2014ブラジルワールドカップの旅(サンパウロ→帰国)

オスカーマイヤーの建築

 サンパウロは想像以上に都会でした。ブラジルにはオスカー・二ー・マイヤーという巨匠建築家がおり、サンパウロやブラジリアにか彼の建築物が多く点在しています。

ja.wikipedia.org

ラテンアメリカ記念公園

 そんなわけで、オスカー・二ー・マイヤー氏の代表作の一つであるラテンアメリカ記念講演を訪れました。

 公園は広く、一時間以上散歩だけで堪能できました。散歩の途中で中国人のスポーツ記者と知り合い、ワールドカップのサッカー談義に花が咲きました。

 建物内部は、人間の目に優しい曲線美で、建物内部の圧迫感を感じさせません。

帰国

 翌日はルフトハンザドイツ航空で、フランクフルト経由で関西国際空港まで帰りました。20時間以上のフライトでヘトヘトでした。飛行機で日本の島根県上空辺りを通過した時に、緑に囲われた美しい国土に思わず驚嘆せずにはいられませんでした。

 無事に早朝の関西国際空港に到着した後は、とにかく日本食が恋しくて、空港の食堂でマグロ丼を書き込みました。

 ブラジルは非常に遠い国ですが、人種のるつぼと言われるように混血の多人種が多く存在し、非常に多様性に富んだ面白い国だと感じました。

 次に行ける機会はいつだか分かりませんが、もう一度訪れてみたいと感じました。今度はリオデジャネイロをじっくりと観光したいものです。

 

 

社内イベント(夏祭り、BBQ大会)って意味ある?!

JTC恒例の社内イベント

 種類は違えど、社内運動会、貸し切り旅館の温泉旅行、BBQ大会、夏祭りなどJTCには社内イベントが目白押しです。イベントを通じて、社員の結束を深めるというのが会社からのお題目ですが、本当に結束が深まるものなのでしょうか?

基本強制参加

 イベントと言いつつ、社員には参加を断る権利はありません。しかも宿泊だと土日をまたぐのでプライベートを犠牲にしてでの参加です。強制参加であるならば、休日分の給与が出てもおかしくないと思うのですが、そこはスルーです。

疲弊する人事部

 従業員が一万人規模の大企業だと、人事総務部が総出になって、イベントの対応に追われます。正直会社の金銭的な利益には何一つ貢献しない社内イベントの為に、一か月以上の深夜残業が続きます。(旅館、交通手段の確保など)

 早朝にバスを見送る人事部のやつれた顔が今でも強く印象に残っていました。

酒を若手に注がせている管理職だけが楽しい

 正直これが実態だと思います。皆が注目している中で、若手にドヤッて酒を注がせて管理職の自尊心を満たす、この一点にのみイベントの存在意義はあると言っても過言ではありません。管理職以下は苦痛でしかないと思います。

女性社員に浴衣を強制

 10年前ですが、この21世紀の時代に東証一部上場企業で実在したエピソードです。女性活躍という言葉は上辺だけで、管理職の接待要因としか見ていない企業の醜い本音が垣間見れましたね。

大変な荷物運び

 酒は宿で手配するのかと思っていたら、会社から酒を持ち込むどけっちっぷり。バスから旅館までビールケースやジュースを運ぶのに一苦労。これらはもちろん全部若手の仕事です。最終日に旅館で消化しきれなかったジュースを会社に持ち帰るように指示されましたが、面倒くさかったので、隠れて旅館の従業員に全部あげちゃいました。お仕事ご苦労様でーす。

まとめ

 社内イベントの目的で、社員の結束を高めると掲げてますが、むしろ運営がひどすぎて、管理職以外の社員の気持ちが離れていくだけ。前述のとおり、部下にドヤっている管理職だけが楽しいもので、そのお金を社員の給与に還元しただきたいのが本音ですね。

 

 

2014ブラジルワールドカップの旅(サンパウロ 日本食編)

長旅の疲れ

 オウロプレットからサンパウロまでの10時間近くのバス旅で、さすがに疲労困憊になりました。バスターミナルから地下鉄で、サンパウロの市街地を目指しました。

 駅舎は年季が入ってますが、落書きなどは無く、治安に不安は余り感じませんでした。

日本食が恋しくなる

 連日の洋風料理が中心で、さすがに日本食が恋しくなってきました。サンパウロに日本人街があるので、そこで日本食を食べることにしました。

  日本人街は外国人がイメージするThe日本という感じの街並みでしたが、そこに足を踏み入れると不思議と安心感を抱きました。灯篭のような街灯に趣を感じます。

 日本人サッカー選手三浦知良氏にちなんだ店名が多く見受けられました。

うどんのダシが体に染み入る

 ほぼ二週間ぶりの日本食に心が躍りました。うどんのダシが体に染み入り、自分が日本人であることを思わず実感せずにはいられませんでした。また野菜不足のため、サラダも非常においしく感じられました。

 うどんだけでは満足できず、思わずカレーにも食らいつきました。満足感を後にお店を後にしたのでした。

 

 

 

2014ブラジルワールドカップの旅(オウロプレット観光編)

街歩き

 風邪が寛解したので、歩いてオウロプレットをじっくり歩いて観光することにしました。ヨーロッパ風の重厚感と南米特有の華やかさが入り混じった町並みは、眺めていて新鮮でした。

鉱物博物館

 オウロプレットでは珍しい宝石の採掘地でも有名であり、それらを展示した博物館まであります。時価にするとおそらくウン千万以上の宝石が、ガラス張りのディスプレイに無造作に並べられているギャップに拍子抜けしました。ヨーロッパや日本だったら、重厚な展示台に整然と陳列されていたんだろうと思います。

博物館入口

バスでサンパウロ

 翌日はバスでサンパウロに向かいました。確か、10時間くらいかかったと思います。サッカー選手の三浦知良さんが、ブラジル時代に遠征でのバス旅がきつかったと回顧していますが、それが良く理解出来ました。ブラジルの国土は広大で、都市間の距離も遠く、都市間移動は飛行機を使用しないと辛いです。一度ベロオリゾンテに戻ってから、飛行機でサンパウロに行く手もありましたが、今回は乗り継ぎが面倒な為、時間はかかりますが、直通でサンパウロに向かうことにしました。

 

 

 

2014ブラジルワールドカップの旅(オウロプレット 風邪つらい)

バスでオウロプレットヘ

 ベロオリゾンテで、試合を堪能した翌日はバスでオウロプレットを目指しました。そこは町全体がユネスコ世界遺産にしていたされた町で、伝統的な街並みで有名です。ゴールドラッシュを契機として栄えたようです。

ja.wikipedia.org

 バスで四時間ほどの旅でしたが、ベロオリゾンテから喉が若干痛く、体がだるくなり、風邪の初期症状に苦しめられ、かなり辛い旅となりました。

オウロプレットへ向かうバスターミナル

美しい街並み

 オウロプレットの宿は二人用のドミトリーでしたが、利用者は私一人のみだったので、事実上一人部屋として使えました。まだ、風邪の症状は治まっていませんでしたが、それを誤魔かしながら観光を続けました。

 途中で喫茶店に立ち寄り、アサイーのパフェを食べると若干体力が回復しましたが、まだ、調子が悪く、宿に戻って静養することにしました。

 宿のネットでニュースをチェックするとドイツ代表でインフルエンザが流行っているらしく自分も気を付けないといけないと思いました。

風邪なのにライムカクテルを喰らう

 大分体調が回復し、宿の近所のスポーツバーでサッカー観戦と夕食を取ることにしました。そこには既にベルギー人サポーターの先客がおり、ベルギー代表の試合を酒をあおりながら堪能していました。

 彼らを横目に端っこのカウンターで夕食を食べていると、君はどこから来たのかとベルギー人サポーターの一向に尋ねられました。日本から来たと答えると、ベルギー一部で活躍する川島の話題になり、彼のプレーを絶賛していました。

 そんな話で盛り上がるとお前もこっちに来てサッカーを見ようぜと誘われて、ライムカクテルを片手にベルギー代表の試合を観戦しました。風邪をひいていた体にはライムカクテルが強烈に効いて、体中が熱くなりました。

フラフラになりながら宿へ

 ライムカクテルをしこたま飲んで、途中で道に迷いながらも、なんとか宿にたどり着きました。風邪の体にアルコールをしこたま注入したせいで、頭がガンガン痛く、そのままベッドになだれ込みました。

 アルコールのせいで免疫が活性化したのか、就寝中に何度も起きては痰をはき、鼻をかみ続けました。その都度、ミネラルウォーターを喉に流し込みました。

翌朝はすっきり

 痰と鼻水で、ウィルスが体外に排出されたのか分かりませんが、体のだるさと喉の痛みが取れて、スッキリとしました。

宿の入り口から庭を見渡す

 庭のテラスで朝食を取ると、フランス人サポーターと同席し、フィリップ・トルシエの話題で盛り上がりました。(あいつ、いつも怒鳴っているよなetc)