スマート駄目リーマンの忘備録

旅行記、キャリア論、世相分析など思ったことを書き連ねます

長い春休み(東日本大震災の記憶)バンコクでの再会編

目覚めるとタイのうっそうとした田園地帯が車窓に広がっていた。朝の八時くらいだったろうか。バンコクへの到着まで4時間から5時間ほどある。昼過ぎにバンコクのフアランポーン駅に到着し、携帯電話へ連絡をいれるとバンコクの友人にメールしてある。駅で買ったお菓子をほおばりながら、車窓をひたすら眺める。バンコクの友人はまだ赴任してから一年しか経ってない。最後に会ったのが、2008年か2009年だっただろうか。文化、商習慣、気候の違うバンコクで元気にやっているのだろうか?赴任後はしばらく連絡を取っていなかったが、震災発生当時に私の家族よりも先に国際電話をかけてくれた。学生時代は一緒にサッカーを何回か見に行ったな。

 列車は都市部に差し掛かる。マレーシアと比較するとごった煮間、カオス感が強かった。バンコク市内に入ると線路に差し迫るようにスラム街が広がっていた。スラムを縫うように列車はゆっくりとフアランポーン駅を目指す。ここがバンコクか。タイにはいつか行ってみたいと思っていたが、こんな形で訪れるとは思わなかった。フアランポーン駅はヨーロッパの主要駅のような行き止まり式の駅舎であった。駅に降り立つと、滑っとした暑さと排気ガス臭が体にまとわりついた。昨夜からお菓子しか口にしておらず、お腹が大変すいていた。駅の改札を出て左手にバイキング式の食堂があった。料金は日本円で300円から500円相当だったろうか。その金額を払えば、食べ放題だったはずだ。チャーハンに野菜炒めを上からドバっとかけて、それをミネラルウォーターと一緒にかきこんだ。味は悪くなかった。

 さて、腹ごしらえも済んだことだし、バンコクに住んでいる友人に連絡をしなければ。駅を出て、ネットカフェを探す。左手の道を渡ったところに店があったので、そこに入店した。入店料金を払うから電話を貸してくれないかと店主に頼む。友人の携帯番号を打ち込む。3回くらいのphoneコールですぐに彼につながった。今バンコクのフアランポーン駅にいる。駅舎の中に王様の肖像画がある駅。自分は駅舎に入ってすぐの食堂の前で待ってると伝えた。30分から40分くらい経過しただろうか?ピンクのシャツを着た彼が現れた。久しぶりの再会が、バンコクのフアランポーン駅というエキセントリックなシチュエーション。しかし、よお、元気というような自然な再会であった。駅舎を出て地下鉄に乗り、スクンビット駅で降車する。そこでバイタクを捕まえて駐在員御用達のコンドミニアムに向かう。白い高層階で、入り口のセキュリティチェックもしっかりとしていた。安宿を泊まり歩いていた自分には天国とした言いようがなかった。早速シャワーを浴びさせてもらった。駐在員生活は上々の様で、彼なりに楽しんでいるようであった。スクンビットは日本人駐在員が集まる地区で、日本語の古本屋、日本語の話せる定員のお店、日本の百貨店、旅行代理店が揃い、快適に暮らせるとのことであった。夕方はバイタクを捕まえてタイのレストランへ連れて行ってもらえた。エビのトムヤムクンスープが絶品で、長旅で疲れた体に染み渡る。その後はタイのキャバクラに連れて行ってもらい、日本語を話せるタイ人のキャバ嬢とカラオケを楽しんだ。長旅の貧乏生活の抑圧から解放された。やっぱり持つべきものは友達だ。深夜に彼の家に帰ると、ソファーをベッド代わりにして寝ていいと言われた。

体をまっすぐ伸ばせないが、今までの貧乏生活と比べれば、何のその。無事に彼に落ち会えた安心感、シンガポールからの疲労感で、その日はすぐに眠りに落ちた。