スマート駄目リーマンの忘備録

旅行記、キャリア論、世相分析など思ったことを書き連ねます

長い春休み(東日本大震災の記憶)震災翌日編

翌日は朝7時くらいに目が覚めた。食料の買い出しに行かなくては。昨日断念したスーパーマーケットにドラムバックを抱えて向かう。八時前なのにスーパーはすごい行列。店内に入ることは出来ず、店の前に長机が置いてあり、そこに食料や日用品を無作為に並べて、机の最後尾で清算する方式であった。えり好みしている場合でもなく、バナナ、チョコレート、クッキーなどのカロリーの高そうなものを選んだ。会計では千円札を渡して、おつりは要らないですと申し出たが、律儀におつりを計算して返してくれた。

寮に戻ると水道、電気などのライフラインは全て停止していた。昨日降った雪が寮のベランダに積もっていたので、バケツに雪をかき集めて水分を可能な限り確保した。携帯電話ももちろんつながらない。

スーパーで購入したバナナを携えて会社に向かう。メッキ工程の現場で、会社のフットサル部の先輩が復旧作業に当たっていた。バナナを渡したが、遠慮して中々受け取ってもらえなかった。会社の正門付近では臨時の対策本部が設置され、会社の幹部が復旧作業の計画を練っていた。

自分が所属している設計部に向かうと課長などが事務所の復旧に当たっていた。

私は携帯の電源を確保しようと自分のノートPCを探し、ノートPCのバッテリーの電源を携帯電話につないで充電した。事務所の壁はところどころ崩れ落ちていた。

私にパワハラしたことがある上司が、一緒に復旧作業を手伝おうと声をかけてきたが、冗談じゃないと思った。正直この会社の勤務体系は東証一部でありながら、非常にブラックで上司からの暴言、電話を投げるなどのパワハラが横行していた。残業代も月に100時間程度働いているにも関わらず、上限は20時間でそれ以上は支払われなかった。

新卒で入社して3年、4月を迎えたら4年になるが、5年勤めたら辞めようと考えていたのだ。

一緒に復旧作業をしようと声を掛けられ、心底うんざりし、ちょっと早いが会社からおさらばしようと心が決まった。余震もまだ続き、次の余震で建物が倒壊するかもしれない。会社の復旧作業に当たって、建物の倒壊に巻き込まれて死ぬようなことになった場合、自分は絶対に後悔するだろうと確信した。もううんざりだ。ここから逃げ出そう。

私はホワイトボードに自分の名前とここから安全な場所に避難することを書き残し会社を去った。

会社から寮に戻る途中で、地元の高校の体育館に立ち寄った。臨時の避難所になっていた。隣の部署で顔見知りの2~3個上の人がいて、食べ物が無いなら、受付で貰えると教えてくれた。そのやさしさに涙が出そうだった。そうなんだ。この会社は末端の社員は皆いい人たちなんだ。そういういい人の善意に会社が付け込んで、上層部は搾取しまくっているんだ。会社と上司に対する怒りがムクムクと膨れ上がってきた。

寮に戻ると、貴重品と食料をバックに詰めた。パスポートとキャッシュカード現金など持てる貴重品は全て詰め込んだ。散らかった部屋を掃除した。探していたバウムクーヘンも出てきた。

ラジオを点けると安否確認情報と原発の緊急情報が流れていた。原発の近所の放射線量がどうやら上昇しているらしい。不安が頭をよぎる。寮では一部の輩が昼間から酒盛り。現実逃避もいい加減にしろ。

買い出しや身支度、掃除をしていたら、いつの間にか陽が暮れてきた。寮のロビーに向かうと寮長が集会を開催するとのこと。何やら明日は炊き出しをする、各自が持っている食料を差し出して平等に分配するとの通達がなされた。冗談じゃない、俺は昨日の夕方から食料確保の為に必死だったんだ。酒で現実逃避したり、一日中現実逃避している奴らにも食料を分配しろだと?もううんざりだ。どこまで悪平等な会社なんだ。頑張っている人に十分な報酬が支払われない。一日中会社の電話で無駄話に講じているオヤジ達の方が高い給与をもらっている。もう明日、ここを出て行こう。タクシーが使えないならば、自分の自転車で何とか隣の山形県まで行こう。そう決意して、部屋に戻り、寝床についた。ラジオからは相変わらず、福島原発付近の放射線量の報道。窓から外を伺うと満点の星空がほのかに街を照らしていた。