スマート駄目リーマンの忘備録

旅行記、キャリア論、世相分析など思ったことを書き連ねます

就職氷河期の運命

就職氷河期

バブル崩壊の煽りを受けて、1993年から2005年まで有効求人倍率が1を下回る状態が続いた。その時期に学校卒業予定の学生は、思うような就職が出来なかった時期である。

自分は就職氷河期の末期だったが、浪人をしたせいで2006年に就職活動することになった結果、就職氷河期の影響を受けずに内定を取ることが出来た。今振り返ると、この2006~2008年だけはボーナスステージだったと感じる。その後2008年のリーマンショックで、再度氷河期に突入し、さらに2011年の東日本大震災でダメ押しというのが2000年から2010年の就職模様であった。

 

私が新卒で入社した電子部品メーカーの事例を紹介する。

 

就職氷河期正社員の特徴

 私が新卒で入社した2期から15期上の世代が、氷河期に就職活動をした人達であった。

率直に言って、他の世代よりも数が少なくて、かつ優秀な人達ばかりであった。もともと募集人数が少なく、厳しいふるいにかけられた人達。その上で、数が少ないため、従来入社三年目以降の社員が二人がかりで取り組む仕事を入社1~2年目に一人でこなさなければならない。優秀な人達が厳しい環境で更にブーストされて優秀な人になっていった。

そうした人たちに入社当時のことを聞くと、きまって長時間残業で寝不足で、常に体調不良という方が多かった。就職活動も厳しく、入社後も激務。まさに踏んだり蹴ったり。

 私自身も会社での若手の人員不足の余韻が残る中で、入社一年から激務であった。しかもサービス残業が常態化しており、これなら派遣で気楽に働きたいという気持ちがよぎることが多々あった。背負う責任、プレッシャーが若手にとっては重すぎて辛かった。

仕事中はいつも学生時代の楽しい思い出を回顧した。三年後に転職することをいつも夢見ていた。せっかく正社員になれても、激務で心身を壊し、辞めて行く若手が数多くいた。正社員になれても幸福であったかは、分からない。

 長年の残業がたたり、体を壊して退職する先輩のPCのファイルを整理していた時のことだ。更新時間が、午前四時であった。あの時の04:08というファイルの更新日時は今でも目に焼き付いている。

 

就職氷河期非正規社員の特徴

 1990年代後半から200年段中盤まで就職活動が思うように行かず、非正規の派遣雇用にならざるを得ない人が多くいた。 私が働いたメーカーにも技術派遣として、派遣されてくる人達が多くいた。大多数の人達は話をしていても、知的水準に大きな隔たりも感じず、何故この人たちが派遣なのか納得出来ない気持ちを抱いた。

当初は正社員雇用を目標に掲げている人達も多くいたが、正社員の激務を傍目で見ると次第に正社員への魅力が薄らいでくるようだった。実家暮らしならば、金銭的に生きて行くために困ることは無いので、なんとなく非正規雇用にどっぷり浸かっていき、いつしか抜け出せなくなっていった。

そして、正社員がドンドン責任ある仕事を任される一方で、毎年代わり映えしない仕事をこなす派遣社員。技術力、対人対応などのあらゆる点で大きな差がついていった。いつしかそれは埋めようのないものにまで広がっていった。新卒の段階ではほんの僅かな差であった筈なのに。

 

運命の分かれ道

 運命の分かれ道は就職活動の次にやってきたのだった。神様はほんの一瞬僅かに微笑んでくれた。景気が上向いた2006年、2007年に派遣社員でも真面目な仕事ぶりが買われて、正社員登用の打診を受ける人たちが幾人かいた。しかし上記の通り、正社員の激務を目の当たりにし、派遣の気楽さにドップリと浸かってしまった中で、正社員登用の打診を断ってしまったのだ。

2000年代当時、正社員登用とは天上界へ登っていける唯一の蜘蛛の糸であったはずだ。私はその話を耳にしたとき、唖然としたものだった。ここで正社員になれなければ20代でキャリアは頭打ちになり、一生派遣の生活が待っている。40代も過ぎれば派遣の働き口も少なくなるかもしれない。とりあえず激務でも正社員になってしまい三年間頑張って別の会社に転職すれば良いじゃないか。正社員のレイヤーに上がれれば、転職でも正社員になりやすい。

しかしながら、蜘蛛の糸を登るのは当時の彼らにとって過酷に見えたのだろう。私は惜しい気持ちで一杯だった。

 

リーマンショック到来

 2008年リーマンショックという激震が産業界を襲い、私が所属していたメーカーもご多分に漏れず影響を被った。人員削減の嵐が吹き荒れ、金曜日の夕礼では派遣社員のお別れの挨拶が恒例であった。

 一緒に仕事をしていた技術派遣の彼らはどうだったのだろうか?彼らは派遣である自分たちが首を切られることを重々承知していた。彼らなりのプライドが、そうさせたのだろうか。彼らは首を切られる前に自分たちから辞めて行った。

 その光景を目にしたときに、私は思わず無念さが込み上げてきたのだった。2006年、2007年に正社員登用を受け入れていれば・・・・。会社は働かないオジサンであっても、正社員であれば雇用を守った。その代わり、若い派遣社員が犠牲になった。

 

悲惨な現場

 従来派遣社員にこなしてもらった仕事を正社員が受け持たねばならず、各々が抱える業務量が膨れ上がっていった。去る人も地獄。残る人も地獄。

 

まとめ

 2000年代くらいだろうか。勝ち組、負け組という言葉が世間で流行り出した。就職氷河期世代にとっては、正社員の激務を耐え抜き、出世した人だけが勝ち組で、その他大勢は他の世代に比べたら負け組だろう。従来の世代が当たり前に手にした結婚や子供も授かることが出来ない人が急増した。あの時代に生まれていた段階で運命は半ば決まっていたのだ。しかし、日本の労働政策、産業政策のかじ取りを間違わず、安易なコスト削減に飛びつかなければ防げていたかもしれない悲劇で、非常に無念である。

 あの時一緒に働いていた派遣社員に思いを馳せる。会社を自ら去った彼らは、今どうしているのだろうか?わずかな郷愁と哀惜が、今でも胸をよぎる。

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