スマート駄目リーマンの忘備録

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コロナで加速する残酷なデジタル化(学校教育)

 コロナ感染拡大防止のため、学校でオンライ授業が行われるようになった。学校の先生には本当に申し訳ないけど、スタディサプリや東進の学習コンテンツをレベル別に買い上げて、生徒個々の習熟度に応じて、それらを配信するのが合理的ではないかと感じている。 

残酷なのだが、オンラインのデジタル映像コンテンツの土俵だと、普通の教師は予備校講師に絶対勝てない。

20年前の2000年の段階で、IT革命でデジタル化が進むと勝者総取りになり、勝ち組と負け組が真っ二つに別れると予想されていた。既得権益層の反発で、デジタル化にブレーキがかかっていたが、コロナ禍でついにそのブレーキが外れた印象である。 

 学校教師は一部を除き、教えるという土俵ではもう戦えないので、学習指導よりもメンタルケアや生活指導の比重を大きくした方が良いだろう。また臨床心理士の資格を取得するなどが合理的であろう。後は高い道徳心の錬成が必要になる。

 部活はクラブチームでいい。教師が部活の面倒を見る必要は無い。教師は必ずしも部活動の指導を十分に行えるだけの研鑽を積んでいる訳ではないからだ。セミプロや社会人でそれに習熟した人が指導するべきだ。学校教師がブラック労働になりがちなのは、余計な課外活動が多くあるからだ。適材適所でどんどんアウトソーシングするのが、合理的だ。

 正直、親がお医者さんとか一流企業勤務のご家庭だと、学校の教師に自分の子供を預けたく無いって言う方も結構いらっしゃる。自身が賢い為に教師のレベルが推し測られて、不安を感じるそうだ。自分が教えた方が合理的と考えるのだろう。 

 正直言って、私は学校の先生があまり好きではなかった。授業中は退屈で、自分で資料集などを読んでいた。それを快く思わず、注意する教師がいたが、授業を妨害しているわけでは無いのに何故注意されるのか理解出来なかった。自分が教師の立場なら、生徒の好奇心を掻き立てる面白い授業が出来ない自分を自省して、面白い授業を出来るよう研究するだろう。 

毎年同じ授業ノートを使い回し、同じ板書をする。正直、仕事してるフリしてんなっていうのを、私はかなり早い段階で、看過してしまっていた。人が怒るのは恐れが根底にある。自分の浅はかさを看過されているのが、内心怖かったのだろう。 

私の学生時代の友人で、予備校の世界史講師がいる。世界のあらゆる場所を旅して、生の経験や知見を授業に盛り込む。そりゃ、面白い授業に決まってる。

 デジタル化によって、聖域だった学校授業が民間教材と同じテーブルで吟味される。その先には厳しい審判も下るだろう。しかし、それを乗り越えて新しい教育の形が生まれる事を願って止まない。

 

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