一流大学→一流企業→終身雇用→潤沢な退職金
世間で一流大学に進む経済的な意義と言われたら、間違いなく上のルートが想起されるでしょう。
1990年代までならば、塾、予備校、家庭教師などに教育課金しても上記のモデルコースに乗っかれば、十分に課金を回収することは可能だったと思います。
バブル崩壊→ITバブル崩壊→リーマンショック→東日本大震災→新型コロナ禍
リーマンショックによる一流企業での超絶なリストラ、東日本大震災によって絶対潰れないと言われた電力会社の経営危機、新型コロナ禍で、JRなどの公共交通機関の収益低迷。
安定だと言われたルートが少しずつ細くなってきています。当然ルートの幅が狭くなれば、一流大学を卒業してもそのルートからあぶれる人たちが大勢出てくるわけです。
リーマンショックまでは、電力会社、鉄道会社はまだ安泰だと言われていましたし、実際そうだったと思います。安牌就職先の最後の砦として、人気を博していました。しかしながら、震災と新型コロナ禍で、その最後の砦もあっけなく崩壊しました。
高学歴であることの意味とは?!
以上の事から、安定的なルートに乗るためのツールとしての高学歴の役割は大幅に薄れたと言って良いでしょう。
新卒市場では学歴による足切りがあるので、新卒で大手に入社するための乗車券の足しに若干役立つかどうかと言ったところでしょうか?
しかし、就職氷河期、リーマンショックの翌年、東日本大震災の翌年は旧帝国大、早慶でもエントリーでガンガン切られました。
高度に思考したり、調査をするための訓練を積む
難関大学に入学する意味は、これに尽きると思います。難関大学には能力が優れた学友が大勢いるので、そうした学友と議論を深めたり、大学の難しい課題に取り組むために文献を調査したりする過程で、思考訓練を行うことが可能です。そうした課題に取り組んだ結果を発表する場でプレゼン能力も養われます。
こうした能力を学生時代に醸成した後に社会に出ると、難しい課題に直面した際にも自分自身で能動的に課題解決に取り組むことが出来ます。また、会議で議論を行う際にも周囲の人を説得して巻き込むことも上手に出来るようになります。
普通のサラリーマンをやっていたら豊かにはなれない
このような高度な思考訓練を積んだのだから、サラリーマンとして成功出来るじゃないかという意見がありますが、今の時代ではどんなに大手に勤務していても普通のサラリーマンを漫然とこなしているだけじゃ豊かになれません。
東大、早慶を卒業して一流企業に勤務して、毎月のローンの返済に汲々としながら、都心の高給マンションに住んでいると、なんか同じマンションで茶髪のヤンキー風の青年が高級車を乗り回して、美女を侍らす光景に遭遇することもあります。
しかも時間にも余裕がありそうです。会社のタスクに追われている人達から醸し出される悲壮感は全く感じません。さらに許せないことに横に歩いている美女は自分の奥さんよりも数段可愛いい。
「自分たちは一生懸命に勉強して、一流大学に入学して、一流企業に入社して、やっとこさ手に入れた高級マンションの生活。それを飄々とやってのける茶髪のヤンキー風の青年がいる。しかも彼女も可愛い。こんな矛盾ってあるかよ。なんであいつらは、自分達より学が無いのに自分達と同等の生活もしくは同等以上の生活を手に入れたのだと。」
高学歴の優等生は訝ることでしょう。
成功するにはリスクを取るしかない
その茶髪のヤンキー風の青年は、ラーメン屋を開業して一発当てたり、スロットの駆け引きや分析を株やFXに応用して一発当てたり、webシステム会社を立ち上げて大きな受注を当てたり、成功のプロセスは様々です。
しかし、ただ一点共通していることがあります。彼らは起業や投資というリスクを取ったんですよ。横に侍らせている美女も渋谷でナンパしてGet。これもリスクテイクのなせる業。
リスクを取るか社会的な成功を諦めるか
残念がらな高学歴優等生は、せっかく高度に思考する能力を持ちながらも、リスクを取ることが出来ずに、サラリーマン生活のラットレースから抜け出せずにいるんです。
毎月のローンの返済と子供の塾代でアップアップです。当事者たちはそれほど幸福感を感じていないのではないでしょうか?
じゃーこの苦しい状況から高学歴優等生が抜け出すにはどうしたら良いでしょうか?
①何らかのリスクを取って投資をしてFireするか、起業して一発当てるか、フリーランスのプログラマー、海外エンジニアに挑戦して実力でのし上がる。
②都会の高級マンションの生活を諦めて、郊外の安い市営住宅に引っ越して、蓄財のスピードを上げて、プチFiresする。
リスクも取れない & 今の生活も捨てられないジレンマ
高学歴優等生と言うのは幼少期の頃から親や先生の言う事を素直に聞いてきた人たちが多いです。リスクを取るというのはそうした親や先生の言う事とある意味で真逆を意味します。そして、失敗したらどうでしょうか?最悪今の生活を捨てることになります。そうなると中々リスクを取ることが出来ません。
成功を諦めて、競争から降りるというのも受験競争で勝ち抜いてきた当事者たちにとっては受け入れがたい。
すなわち、こんな状況じゃ駄目だ。正直苦しいと思いつつも現状維持に陥ってしまうのが現実だと思います。
まとめ
豊かな暮らしがしたい、社会的な成功を手に入れたい、こうした動機で一流大学に進学しても、昔と違ってそれが報われるか不透明です。
そうであるならば、勉強が好きで、知的好奇心を満たしたい、レベルの高い仲間に囲まれて知的な研鑽を積みたいという目的意識で、一流大学を目指すことをお勧めします。
勉強が嫌いな自分に鞭打って、無理して勉強している人は自分が時間を忘れてのめり込めることを見つけて、それをマネタイズしてお金を稼げないか検討してみるのも一手です。
ただし、一流大学を卒業しておくとグローバルな事業を手掛けている一流企業に入社出来る可能性は高く、そうした環境でグローバルな感覚を磨きたいのであれば、とりぜず一流大学を目指すのもありだと思います。
あくまでも将来的なビジョンを持った上で、勉強することをお勧めします。