スマート駄目リーマンの忘備録

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何故若者だけが?!!(新型コロナウィルス感染拡大予防の自粛要請の歪み)

 新型コロナウィルスの陽性者数がうなぎ上りである。特に大阪は報告された一日の感染

者が千人を悠々と突破してしまった。
巷では若者と飲食店を集中的に狙い撃ちして自粛を促している。
何故、若者や飲食店ばかりが狙い撃ちされるのか納得いかない人も数多くいるだろう。
この背景を深堀りすると日本の新型コロナ対策のいびつさが浮かび上がってくる。
そもそも若者の重症者数や死亡者は中高年以上のそれと比較して圧倒的に少ない。
しかしながら、自覚症状の無い若者がウィルスを持病持ちの人や中高年以上に感染させて、中高年が重症化する恐れがある。そのために若者にも自粛を必要がある。
これには誰も異論の余地はないだろう。

 ここでポイントなのは若者に(も)という点である。若者にも自粛が必要なのだから、中高年も、もちろん自粛しないといけない。(中高年でも健康体の人は自覚症状が比較的出にくいので、無意識に感染させるリスクが存在する。)翻って中高年はどうだろうか?観光バスでのカラオケ大会でのクラスター。ファミレスでは暇そうなママ友軍団がマスクをせずに昼間からおしゃべり。
 それなのに世間では若者に(だけ)強い自粛を促している。せっかく苦労して大学に入学した大学生はさぞかし無念だろう。オンライン授業で新しい友達を作れない。サークル活動や部活動にだって参加できない。授業料には施設維持費用も含まれており、大学施設の維持と管理にそのお金が使われている。しかし、大学には行けない。納得行かないのも当然だろう。大学生に限らず、遊び盛り、動きたい盛りの若者達は不憫で仕方ない。

 それではコロナ問題のタブーの核心に迫ろう。なぜ若者に(だけ)自粛を促すのか?
それは若者は政治にとってのステークホルダーではないからだ。これに尽きる。
ましてや、20才未満の学生には選挙権が与えられていないし、そもそも若者の絶対数自体が、現在の中高年よりも圧倒的に少ない。いくら若者が立ち上がって、政治に一矢報いようにも政治にとっては若者など全く脅威ではないのだ。

 これは若者にだけに限った話ではない。新型コロナ対策のいびつさの原因は政治にとってのステークホルダーか否かに帰結する。
個人経営が多い飲食店を狙い撃ちにした締め付けもそうだ。個人経営の飲食店は政治に影響を及ぼす業界団体を有していない。誰かを担いで政治の世界に議員を送り込むこともしていない。
 飲食店を締め付けるならば、朝の満員電車もリスクが高いのになぜノータッチなのかという言質が散見されたが、鉄道は公共交通インフラであり、強い業界団体を有している。運輸族という族議員も存在している。それが全てだ。
ニュースでは疫学的視点で、飲食時の感染リスクが高いと報じられているが、査読済みの論文でそうしたことが本当に実証されたのだろうか?
飲食時の飛沫の飛散シミュレーションは、さんざん報道されているが、他の空間でのシミュレーションはなされていないのか?その疑問の答えはやはり上記の通りだ。

 つまり日本のコロナ対策ひいては政治全般が歪な構造なのは、日本国民をステークホルダーにしているのではなく、業界団体をステークホルダーにしているからである。
だから対策に一貫性が無いのだ。世の中が平和であれば、それでも良かった。しかし、現在の国難ともいえる状況ではステークホルダーの代表者として、国政の場で利害調整をしている場合ではない。日本国全体の最大幸福、最大利益を追求しなくてはならないのだ。コロナ禍で、政治に失望したという人は多いが、日本全体の視点で政治を考える人材が皆無なのだから当然なのだ。
 しかしながら若者は納得が行かないだろう。こうした状況の中で若者が自粛を受けずに生活するにはどうしたら良いのだろうか?

①命の選別を行うこと。

 現在コロナの蔓延で医療従事者や医療資源を圧迫している大きな要因は高齢重症者に対する延命措置が挙げられる。75歳以上の老人に延命処置を施さないとすれば、若者が自由に動き回って感染を広めても上記の人とモノを圧迫するリスクは大幅に軽減されるだろう。しかし、老人は政治にとって非常に大切なステークホルダーだ。倫理観や人権を振りかざされて、立ち消えになるだろう。
 最近医師が安楽死を執り行い、自殺ほう助などで逮捕される事件がちらほら見られるが、そうしたことに無力感を感じて、自分の中の正義で突っ走った結果なのかもしれない。治癒の見込みのない患者に無駄な治療をせずに苦しみを早く取り除いてあげることも医師の責務というのは、ある一面で非常に正しい。

②開業医を解体し、地域の病院への集約化を図ること。

 現在コロナは指定感染症のため、治療できる病院は地域の拠点病院に限定されている。そのため、そうした拠点病院はコロナ治療でひっ迫した状況である。その反面、開業医は閑古鳥が鳴いている。それならば、儲からない開業医をそうした地域の拠点病院や療養ホテルへ派遣させれば問題解決に近づく。しかし、残念ながらそれは難しい。日本医師会は政治にとって非常に重要なステークホルダーだからである。

 メディアでは日本医師会が、コロナの感染拡大危機を必死で訴えている。しかしそれは民衆の健康や公衆衛生の為ではなく、開業医という、おいしいビジネスを維持したいからである。コロナによる受診控えで、開業医の経営が苦しくなったが、裏を返すと開業医の仕事自体が不要不急だったのだ。試しに平日の昼間に地元の開業医を覗いてみたらよい。一部の医院では老人の寄り合い所と化しているところもあるはずだ。
 数年前に私が仕事の昼休みに眼科に行った時のことだ。既に診療が終了しているにも関わらず、患者は医師と世間話に興じていた。
私としては勤務が刻一刻と迫る中、早く診療を受けたい焦りで一杯であった。その時に私は非常に腹が立ったものだ。貴重な保険診療が無駄な世間話に浪費されていたのだ。逆に言うと診療が主目的でなくても、保険診療に胡坐をかいて、世間話を聞くだけでマネタイズが出来てしまう超絶に無駄なシステムなのだ。
 

 そうなると②を解決しない限り、①を解決することは難しいだろう。開業医の収益というのが高齢者に対する短期処方によって支えられているからである。
ステークホルダーの医師会は人権やらを盾に命の選別に猛烈に反対する事だろう。
しかしながら健保は近年慢性的な赤字に苦しんでいる。コロナ禍において、さらにそれが加速化した。そろそろ保険診療で開業医を支えるのは限界に来ている。無い袖は振れないのだ。

 近年、医師という立場と経済的安定性に引かれて、医学部志望の者が爆増とのことだ。ただの若者はステークホルダーとは縁遠いので、医師になることでステークホルダーに近づきたいのだろう。しかしながら、彼らが医学部を修了し、研修医生活を終えた10数年後は、健保財政が大幅に悪化し、経済的においしい思いが出来る可能性は低いだろう。本当に人の命に寄り添いたいという気持ちが無いと精神的にもたないだろう。本当に哀れである。申し訳ない。賢い高校生というのは語弊があった。本当に賢ければそうした未来をインターネットメディアなどを通じて予見できるだろう。
小賢しいというのが適当かもしれないね。