スマート駄目リーマンの忘備録

旅行記、キャリア論、世相分析など思ったことを書き連ねます

お昼の眠気対策 

長年悩まされ続けた仕事中のお昼の眠気 

  前日の睡眠時間が少し短めだと、次の日の昼過ぎに襲ってくる強烈な眠気。特に仕事中だと大変です。長年それに悩まされて、缶コーヒーを飲んで誤魔化してきました。 

しかし、缶コーヒーばかり飲んでたら今度は胃が荒れました。 

 

オルニチン 

 とあるサイトでオルニチンのサプリを摂取したら、昼間眠くなりにくくなったとの声があり、半信半疑で試してみることにしました。 

 

摂取タイミング 

 1日の所要量を朝食後、昼食後、就寝前に三分割し、毎日摂取しました。 

 

効果 

 睡眠時間が7時間を切る時でも、次の日全く眠気がやってきませんでした。朝の目覚めの缶コーヒーや昼過ぎの缶コーヒーに頼る事がなくなりました。 

→やはり、疲労回復に一定の効果があるようです。

(あくまでも個人の感想です。また一日の所要量を遵守し、過剰摂取には注意してください。)

ornithine.jp

 

缶コーヒー、栄養ドリンクの注意点 

 砂糖入りの缶コーヒーや甘い栄養ドリンクは飲んだ後元気が出たような錯覚に陥ります。しかしそれは血糖値スパイクという現象で一時的に血糖値が爆発的に上昇して、元気になった錯覚に陥るだけです。上昇した血糖値は飲む前よりも下がり、しばらくすると一層元気がなくなります。 

 栄養ドリンクを1日に何本も飲んで徹夜仕事した会社員が翌日死亡した事故もあるので、要注意です。 

  

栄養素をきちんと補う 

 オルニチンと言ったアミノ酸亜鉛、鉄分といったミネラル、ビタミンを補う事が重要です。疲労で栄養が不足する事が無いように注意しましょう。 

(1日の所要量はしっかり守りましょう。)


 

炊飯器で簡単にふかし芋を作る方法

用意するもの

炊飯器、軽量カップ、小ぶりな芋

 

所要時間

40分

 

作り方

①小ぶりな芋(大きさは写真参考)を洗い、炊飯器に入れます。

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②計量カップで水100ccを測り取ります。

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③測り取った水を炊飯器に入れます。

(小ぶりな芋一つに水100ccなので、芋の数が増えたらそれに応じて水の量を2倍、3倍にします。大きい芋で炊飯器に入らない場合には切って、水を多めにいれます。)

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④炊飯器のスイッチON(必ず標準モードで、早炊きモードはNG)

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⑤およそ40分ほどで出来上がり

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利点 

・通常のふかし芋だと台所で監視している必要があるが、その必要がなく、子供でも簡単に調理が可能です。

・就寝前に炊飯器のタイマーで仕掛ければ、朝食にも出来ます。出来上がり時間は食事の一時間前くらいに設定しておくことを推奨します。

 

 

IPアドレスでのアクセス制限方法

やりたいこと

 先頭がmemberで始まるphpファイルを特定のIPアドレスからのみ閲覧出来るようにしたい。

 

プログラム

 .htaccessファイルに以下のプログラムを記載

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.htaccessプログラム

 解説

正規表現

~    パターンマッチングをするための宣言

^              先頭でパターンマッチングをを指定

 

・対象ファイル

member_address ,member_nameなどのmemberが先頭に来るphpファイルが対象です。

 

・allow from

グローバルIP アドレス 123.456.780.12からのみアクセスが出来ないようになります。

 

・deny form all

上記のグローバルIPアドレス以外はアクセスを拒否します。

 

 グローバルIPアドレスの確認方法

グローバルIPアドレスなので、コマンドプロンプトのipconfigで調べたアドレスではなく、下記のようなサイトにアクセスして調べることが必要です。

 

www.cman.jp

旧共産圏を旅するときの注意事項

ロシアをはじめとする旧共産圏を旅するときの注意事項を記載します。

 

持ち物

simフリーの携帯電話を持って行き、現地でsimカードを購入する。もしくは日本の空港で海外旅行用のwifiルーターを手配する。

(現地でトラブルが発生したときにいつでも迅速に連絡が出来るようにしておく)

 

・飛行機、鉄道、バスなどのe-ticketやホテルの予約控えをプリントアウトして常に携行する。

出入国審査で、旅程の説明を要求される場合があるので、必ず必要)

 

地球の歩き方などの地図入りガイドブックを常に携行する。

(場所などをジェスチャーで説明しやすい)

 

・日本製の解熱剤、胃腸薬

(海外では日本の基準を大幅に上回る成分が配合された薬も販売されており、危険)

 

語学

・英検準一級、TOEIC900点、IELTS 6.0以上の英語力は最低限あった方がいい。現地でトラブルが起きた時に、自分の立場を有利に出来る。

(過去に麻薬密輸が疑われて、ただ泣きじゃくるだけだった日本人がそのまま収監されたニュースもある。諦めずに最後まで自分の潔癖を英語で説明するべき。)

 

・簡単なあいさつ程度の現地語を積極的に使用する。現地語を使用するだけでも、警戒感は大分緩和される。

 

経験

・海外旅行初心者は旧共産圏の旅行は絶対に避けるべき。

 

・お勧めの経験フロー

(詳細な危険度は必ず外務省のホームページで確認すること。今安全でも一年後安全とは限りません。)

韓国、台湾、マレーシア、ニュージーランド、カナダなど比較的日本語が通じたり、英語圏の治安の良い国で一人旅の経験を積む。ヨーロッパはドイツがおすすめ。

 

→イタリア、スペインなどの南ヨーロッパUAEのドバイ、タイなどで少しずつレベルを上げて行く。タイは日本人に人気の旅行先だが、思わぬ落とし穴が多いので、初心者にはお勧めしない。

 

→トルコ、カンボジア、中国、インドネシアなどへレベルup

 

→インド、ロシア、エジプト、南米、フィリピン、ブラックアフリカ諸国などに挑む

旅程の途中でも少しでも体調が悪くなったり、危険だと感じたら迷わずに帰国すること

ロシアワールドカップ観戦記(北京からの帰還)

 皆に別れを告げて、地下鉄の駅を目指す。感傷の余韻がやっと静まった時に、自分は中国元を持ち合わせていないことにふと気が付く。北京駅のコンコースのATMで中国元を引き出した。地下鉄の券売所に行くが、今度は空港の最寄り駅が分からない。困ったものだ。どうしよう。その時に足元に目をやると、地下鉄の路線図が落ちていた。これを拾い、ボールペンで飛行場と書き込み、券売所の係員にジェスチャーで飛行場に行きたいと伝える。係員は飛行場の最寄り駅を丸で囲み、そこまでの切符を売ってくれた。助かった。これで飛行場に行ける。

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地下鉄の電光路線図

 地下鉄に乗り込み、しばし安堵する。しかし、空港には第1ターミナルと第3ターミナルがあり、私が手配した全日空がどちらなのか分からず、混乱した。第3ターミナルでは下車せずに第1ターミナルで下車する。しかしながら、第一ターミナルは間違いだった。空港係員に第一ターミナルにはどうやって行くのか尋ねたところ、もう時間が残り少ないから、俺が連れて行ってやると回答してくれた。

 急いで係員の車に乗り込み第一ターミナルを目指した。しかしながら、乗用車からの下車の直前に日本円で7000円ほどの金額を請求されてしまった。ぼったくられた。空港係員だから大丈夫と安心した自分が甘かった。

 振り返ると旅のほとんどを現地の方の善意に助けられ、それに半ば甘えてしまっていた自分がいた。最後まで油断せずに、自分で調べなくてはいけない。周囲に甘えるのは最終手段なのだと自分を戒めた。

 何とか第3ターミナルに到着し、チェックインを済ませる。係員は日本人で、半分日本に帰って来たかのような錯覚を覚えた。ダメだ。油断しては行けない。

 出国審査では長蛇の列で、大分待った。出国審査を終えて、ANAの成田行きのゲート前のベンチに座り、やっと一息ついた。30分ほど時間雄余裕があった。

 搭乗期はボーイング787であった。初めて搭乗することに心が躍る。乗客の半分以上が日本人で、CAも日本人。安堵の気持ちが込み上げてきた。機長からのアナウンスは安全に成田までお連れしますという頼もしい一言。

 ボーイング787は昼下がりに無事に成田空港へ到着した。

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ボーイング787

 普段は成田空港から普通列車で帰るが、さすがに疲労困憊だったので、京成スカイライナーで、京成上野駅まで向かうことにした。

 上野駅で乗り換えて東京駅から新幹線で新大阪まで向かった。新大阪から大阪駅に行き、阪急線で最寄り駅へ。とうとう自宅のアパートに戻って来れた。一週間近くまともにシャワーを浴びていないので、体が軽くべとついた。早くシャワーを浴びたかった。

 家に戻るとシャワーを浴びて、旅で使用した服を洗濯機にかけた。洗濯物を物干し竿に干して、旅が終わったことを実感した。

 近くのセブンイレブン冷やし中華とおにぎりと梅サワーを買ってきた。冷やし中華と梅サワーの酸味が、疲労した体に染み入った。

 それから親と職場の上司に無事に帰ったと連絡した。最後にデジカメのSDカードに記録されている写真データをPCに保存した。そして泥のように眠り込んだ。 

 終わり

 

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シベリア鉄道の乗車券

 

 

ロシアワールドカップ観戦記(満州里→北京)

 日本対ポーランド戦をワンセグで見終わってしばらくすると、北京行きの発車のアナウンスが報じられた。客車に乗り込んでしばらくすると、列車は発車した。列車はホーム脇にある「一帯一路」の赤いネオンの横をすり抜ける。市街を抜けると車窓は漆黒の闇。今日は国境審査で精神的にヘトヘトであり、すぐに就寝した。

 中国国内の線路インフラの整備が進んでおり、列車はかなりの速度で中国国内を快走した。おそらく最高時速は120kmくらい出ていたのではと思う。揺れも少なく、快適に眠ることが出来た。

 翌朝は昼前に昨日一緒にサッカーを見た一同が食堂車に会して、ビール片手にひたすらポーカーに興じた。

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中国の車窓とビールとポーカー

 メンバーにはペルー人医師の他にはマカオのカジノディーラーの女性、ロンドンのキングスカレッジでコンピューターサイエンスを学んでいる学生などがいた。聞くところによるとロンドンから鉄道だけを乗り継いで来たとのことだ。ロンドンからモスクワまでは楽に行けたが、やはりシベリア鉄道には難儀したとのことであった。

 ポーカーはカジノディーラーの一人勝ち。流石である。ポーカーを終えた後はそれぞれのお国事情や自身の生い立ちなどの話で盛り上がった。

 私はロシアと日本には未解決の北方領土問題が横たわっていることを話題にした。日本では何かと話題が及ぶ北方領土問題であるが、日本以外では縁遠い問題で、国際的な関心は低い印象を受けた。皆、そうした問題が日本とロシアの間に存在すること自体、今日初めて知ったとのことだ。

 日本もロイターのような国際的なマスコミを有し、日本が抱える国際問題を世界に発信し、国際世論を味方につける必要がある。北方領土問題は香港の共産党支配、台湾海峡問題と同じくらい大切な問題である。

 しかしながら、サハリンの天然ガスパイプラインプロジェクトシベリア鉄道での国際貨物運搬プロジェクトなどロシアは日本の国益にプラスにもなることも事実。北方領土問題でロシアを過剰に刺激して、日本の国益を損ねてはならない。日ロ間の複雑に絡み合う利害が、この問題を難しくしている。

 コンピューターサイエンスを専攻している男子学生とペルー人の皮膚科医師の間で、皮膚疾患の画像診断アルゴリズムの話にも花が咲いた。実際にアプリを起動して、改善点やアイデアをぶつけ合う。

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画像診断アプリ

 澳門のカジノのディーラーからは先ほどのポーカーの戦略について、手ほどきを受けた。コンピューターサイエンス専攻の学生はセンスが良く、その戦略の有効性について瞬く間に理解を示した。私は、理解が追い付かず何度も説明を受ける。彼らは快く身振り手振りで、私が納得するまで説明してくれた。

 私たちの座るテーブルの端にはいつしか空のビール瓶が、十本近く溜まっていた。昼間からビール片手にポーカー三昧。それに飽きたら、雑談に興じる。今日はずいぶん贅沢な時間を過ごしたものだ。

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heinekenビール

 飛行機でひとっとび出来るこのご時世、ワザワザ列車で一週間近くかけて行くのだ。しかも料金は飛行機よりも高い。個性の強い物好きな人が多いのだろう。ビールの酔いが回ったのと、会話に頭を使い、疲れたので早めに就寝した。

 翌朝は社内のアナウンスで目が覚めた。北京まで一時間ほどで到着するとのことだ。列車の長旅もあと少し。シベリア鉄道の車窓に飽きる時もあったが、社内での素敵な出会いのおかげで、充実した時を過ごすことが出来た。旅を彩どってくれた出会いに心から感謝した。

 車窓から臨む道路、ビルの様子から大都市北京が近いことを実感する。やがて列車は速度を落としながら、北京駅のホームへ滑り込んだ。

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北京までもう少し

 エカテリンブルクから列車で北京まで本当に辿り着いたのだ。地理の学習でアジアとヨーロッパはユーラシア大陸で陸続きであるのは勿論知っている。しかし、ヨーロッパからアジアを包括するユーラシア大陸の広大さ、多様性は、シベリア鉄道を乗ることでしか体感出来ないだろう。

 

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ロシア国鉄の客車が鎮座するホーム

 客車に常駐し、掃除や身の回りのお世話の手伝いに従事してくれた車掌さんに挨拶をし、北京駅のホームに降り立つ。漢字の構内表示、横で飛び交う北京語。改めて中国に来たのだと実感を嚙み締めた。

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北京駅舎

 昨日からのメンバーと一緒に改札を抜けて、駅の玄関に向かった。最後に皆で記念撮影をして、ここまでの苦労を労いあった。

 皆はこの後レストランで食事をするが、私は3時間後に東京行の飛行機に乗らねばならず、後ろ髪をひかれる思いで、皆と握手を交わし、お別れの挨拶をした。

 みんな、本当にどうもありがとう。

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皆さんお疲れ様でした。

 彼らに別れを告げて、振り返らずに、私は地下鉄の駅を目指した。彼らを振り返ったら、戻ってしまいたい衝動に駆られそうだ。複雑にうごめく、それぞれの人生がシベリア鉄道で一瞬交わり、また遥か彼方にバラバラに散らばっていく。

 

 

 

 

 

ロシアワールドカップ観戦記(シベリア鉄道後編)

 クラスノヤルスクから母親とその小さい娘さんが乗ってきた。娘さんはまだ4~5歳というところ。娘さんはすぐに車窓に飽きてしまいノートPCのDVDでアニメ鑑賞に興じ始めた。バックスバーニーの昔のアニメで、思わず既視感を感じてしまった。途中の駅で、貨物列車に戦車が何台も積み込まれている様子に思わず圧倒されてしまった。モスクワやエカテリンブルクなどのヨーロッパ圏のロシアと違い極東ロシアには旧ソ連の重苦しい雰囲気が色濃く感じられた。

 やはり戦闘兵器が手を伸ばす所にすぐ存在する部分に日本との大きな相違を感じた。エカテリンブルクでもサッカーの代表選手が乗り込むバスには自動小銃を持った兵士が随行していた。バスの扉が開くと、自動小銃のセーフティーレバーが解除され、その音を聞くと思わず緊張感が走る。

 親子連れは中国語の製品名の雑貨やティッシュなどを携行していた。彼女達と同じ駅から乗車した客も見渡すと同様に中国語の製品名の雑貨や飲み物を保有していた。近年高まった中国との強い経済的な結びつきを感じ取れた。極東ロシアに差し掛かってから、ロシアの多面性を感じ取れるようになった。

 先日と同じく、とにかく緑色のタイガが延々と車窓に続く、暇なときは親子ずれと一緒にアニメを見たりして時間をつぶした。

 一晩経過したところで、列車は順調にイルクーツクへ差し掛かる。その親子連れはイルクーツクで降車するとのことだ。母親が座席の下に格納したスーツケースを取り出す。スーツケースが満杯で、座席の下で引っ掛かる。私も手伝って、力任せにスーツケースを引っ張り出した。母親は私より10歳ほど若いが、母親であることの責任感や自負といった力強さをを感じた。

 駅に差し掛かると引き抜いた大きなスーツケースを私が代わりにホームまで運んであげた。ホームには彼女の母親が迎えに来ていた。迎えに来ていた祖母が、中腰になり小さな孫と抱擁を交わす。私は母親とお別れの挨拶を交わした。

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до свидания (さようなら)

 そして、列車は次の大きな目的地であるウランウデに向かって走りだす。列車から望む先ほどの親子を目で追った。ウランウデはバイカル湖沿岸警備隊に従事する軍人の目的地である。彼の国籍はロシアだが、人種はモンゴル系で日本人に顔つきが良く似ている。日本の任侠や侍に興味があるらしかった。ロシアでも日本のコンテンツが一定の認知度を有しているようだ。

 列車は半日から一日走ったであろうか。そんな彼ともいよいよお別れである。列車がウランウデのホームに停車した。ホームへ降りて彼とお別れの挨拶を交わした。そして最後に記念撮影をした。そしてすぐに出迎えた家族の群れに吸い込まれていった。シベリア鉄道の非日常から日常へ彼が吸い込まれていく、彼の姿を目で追い、寂しさが込み上げてきた。

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記念撮影

  数時間後、列車はチタに差し掛かった。ここから私の乗る客車は切り離されて、中国の国境の町である満州里を目指す。切り離された客車は2~3両ほどだっただろうか。急に心細さを感じた。切り離された客車は中国との国境の駅に向けて南下を始めた。

 ザバイカルスク駅に差し掛かるとこれから国境検問が始まり、しばらく列車は停車する。列車のトイレはその間使用出来ない。このようなアナウンスが流れた。列車で知り合ったペルー人医師と一緒に国境の駅で降車し、入境審査を待つことになった。

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国境駅の待合室

駅の喫茶店でパンを食べ、コーヒーをゆっくりと飲んだ。売店もあったので、残り二日分の食料と水を買いそろえた。

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国境駅の売店

 しばらくすると国境審査の案内が為された。ロシア人でも中国人でもない私達二人は自動小銃を携えた、いかつい軍人と英語を話す審査官に別室へ来るように案内された。

まずはペルー人医師から、パスポートとビザのチェックが始まった。ロシアワールドカップ期間中はFANIDがビザの代わりになり、自由にロシア国内を観光出来るはずだが、それが極東ロシアまで周知されているか怪しかった。ペルー人医師はビザについての説明を補足し、審査が無事に終了した。

 問題は私であった。パスポートとIDの確認が終わると、英語を話す審査官から、ロシア入国時から現在までの行動履歴が分かる資料を全て提示して、それを説明しろと言われた。若干、頭が混乱するが、紙にプリントアウトされたホテルの予約の控えと、飛行機と列車のe-ticketの紙の控え、サッカーの観戦チケットを時系列に並べ、現在までの行動履歴を詳細に説明した。これで開放されると思いきや、身長計の前に立たされて写真撮影までされた。これでは、私は犯罪者ではないか。審査官の英語もパーフェクトではなく、不信感が一層つのる。(もちろんペルー人医師はそのようなことは一切要求されていない。)

  それだけではない、指紋の採取までさせられた。しかも親指だけではない。上腕部全体の型を取られた。ペルー人の彼はただならぬ気配を感じたのか、自分は審査を終えたから列車に戻って良いかと審査官に申し出て、列車に戻ってしまった。別室には私一人だけだ。孤独感がこみ上げる。背後には自動小銃を構えた兵士。審査官に怒りがこみあげてくるが、ここで絶対に感情的になってはならない。落ち着けと自分に言い聞かす。サッカーの試合は面白かったなど、コミュニケーションの合間にサッカーの試合のことを織り交ぜて、審査官の警戒心を緩和する試みを積極的に行った。

 それと並行し、国境検問を通過出来ずに、どこかへ連行された時の最悪のシナリオにどう立ち向かうか考え始めた。ここから最も近い日本領事館はハバロフスクだ。なんとか連絡が取れても、ここにたどり着くまでに二日はかかるだろう。そもそも連絡の機会を与えてもらえるのか?収容所には英語を話す者はいるのだろうか?賄賂を要求された時は、財布にあるロシアルーブルを全部払おう。お金はペルー人医師に借りよう。そう心に決めた。

 終始いぶかしげな審査官であったが、私に疑うべき点が無いため、紙の旅程資料などを差し出せば、国境の通過を許可するとの回答してくれた。おとなしく、旅程の控えを提出し、私は何とか列車に乗り込むことが出来た。なんとか最悪のシナリオは回避できたが、気が付くと体中から汗が噴き出ていた。学生時代から英語を勉強してきたが、私にとって英語を勉強してきた意義は、おそらくこの国境の検問を突破するためにあったと言っても良い。もし中途半端な英語で、旅程や旅行の目的を説明できなかったら、収容所に連行されていたかもしれないところだった。

 審査場を出て、走って列車を目指すと乗り込む口からペルー人医師が顔を覗かせて、私を待ってくれていた。彼はすぐにコーヒーを用意し、私の苦労をねぎらってくれた。そして、審査官の態度に怒りをにじませた。

’It was uncomfortable'「不愉快だ。」

その言葉が、私の怒りと不信感を全て代弁してくれた。モスクワは経済発展を遂げ、自由主義経済の恩恵も受けて、半分西ヨーロッパのような感覚だ。しかし、極東ロシアは旧ソビエト連邦の感覚を持って対峙した方が良い。

 しばらくすると列車は中国国境に向けて、動き出した。三両編成の客車は、ステップの草原地帯をゆっくりと走った。中ロ国境が明確に分かる壁はなく、ステップの草原が両国の緩衝地帯のような役割を担っていた。道路はなく、列車しか移動手段が無いので、それで十分なのだろう。

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緩衝地帯

 2時間くらい乗ったところで、中国の国境駅である満州里駅に到着。中国への国境検問は非常にスムーズに進んだ。女性審査官の英語が分かりやすく、コミュニケーションの問題も一切ない。ロシア側の国境審査とは打って変わって非常に拍子抜けした。

南下したため、日の入りが早くなったせいもあり外は暗くなり始めていた。私が乗るシベリア鉄道の客車は中国国内の客車と連結した後の深夜に発車するとのことだ。

 駅の土産物屋を一瞥し、ホームに降り立つとペルー人医師が香港人と中華料理弁当の晩餐会を開いていた。彼が列車で知り合ったマカオ人と台湾人が、駅の柵伝手に弁当の出前を頼んだとのことだ。お前も来いと手招きされて、弁当を頂くことに。入境審査を済ませてしまっているために、駅の外に出れず、まともな夕食を諦めていた自分にはとっては正に渡りに船。ほぼ三週間ぶりにアジア飯。大変おいしかった。

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即席晩さん会

 その後はスマホワンセグで、日本対ポーランドの試合を皆でビール片手に観戦した。一緒に夕食を共にした彼らは、日本を必死に応援してくれた。

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頑張れニッポン

 ラスト10分の時間稼ぎのパス回しでは、カットされないか冷や冷やしたが、何とか1-0でしのぎ、勝ち点と得失点差でセネガルに並んだが、警告カードの枚数が少ない日本が決勝トーナメント進出の切符を手にした。

 ここまでが、ロシアワールドカップシベリア鉄道の記録である。満州里から北京までの中国国内の移動と北京から日本への帰還は次の最終章に譲ることとする。

 

 P.S  中ロの陸路での国境越えは、可能な限り回避することを推奨する。大使館が近くに無く、いざというときに頼りに出来る公共機関もない。また現地の機関の職員の英語力も怪しく、コミュニケーションの祖語も生じやすい。

 

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