スマート駄目リーマンの忘備録

旅行記、キャリア論、世相分析など思ったことを書き連ねます

夢を諦めるきっかけ

 昨年のコロナ禍で下積みをしていた多くの芸人志望の若者が夢を諦めて、働くことに方向転換したようだ。彼らはコロナ禍の経済的困窮(劇場収入の道が途絶えた)によって、嫌がおうにも夢を諦めることになった。こうした者たちにとって、コロナ禍は最良の転機を与えてくれたのではないかと思う。良い意味で自分の才能が無かったことを認めず済む。とりあえずコロナ禍で、劇場が閉鎖されて食えなくなったという理由でメンツを傷つけずに芸人を諦められる。芸人やアーティストは才能が無くても、それにケジメを付けてくれる外部環境が乏しい。

 例えばプロサッカー選手だったらどうだろう?スカウトされなければ、そもそもプロチームに入団できない。しかもチームに入団できても、良い結果を出せなければ戦力外として契約を打ち切られる。プロとしてサッカーを続けたくても環境がそれを許してもらえない。夢を追いかけている10代の段階でもプロの下部組織のセレクションで不合格、地域選抜に選ばれない。そういったことで薄々、自分に才能が無いことに気が付く。スポーツは体力的なピークが20代中盤なので、その時点でプロになれていなければ、年齢的な壁で諦めるしかない。また基本的にプロとアマチュアで一緒にプライベートで飲みに行ったりすることは皆無だ。プロスポーツには仕事でもプライベートでも大きな壁が立ちはだかる。

 一方で、芸人やアーティストは本物のプロとアマチュアの境界が曖昧で、プロが下積みの若手を飲みにつれて行くことも多い。そのため、物理的な距離が近い。才能が無くても自分がもう少し手を伸ばせば到達できるという勘違いを生みやすい。また体力的、年齢的な壁も無い。だからこそ、才能が無くても諦めきれずにズルズル続けてしまう。彼らにとっては貧しくても、夢を見続けていることが幸せなのかもしれない。

 夢を叶える。素晴らしい言葉だ。しかしながら、夢を叶えた先に自分にとっての幸福があるとも限らない。貧しい生活の中で夢を見ていても、ふと気が付くと自分の周りには何も残っていない。さっきまで見ていた夢は波打ち際で作った砂の城。気が付くと跡形も無く崩れている。そうした意味でコロナ禍は、夢を追うものにとって、気付きと次へ進む幸福へのきっかけを与えてくれたとも考えることが出来る。

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